イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

タイマー残り一日【短編】

ボタン一つで素早く起動するパソコンの如く、私はやにわに目を覚ました。稀にアラームに頼らず自然に覚醒する朝があるのだが、そんな日は決まって夢を見ていた。今日の夢は、朝の満員電車の乗客が私を除いて全て「きゅうり」で、それがキィキィと不気味な摩擦音を立てながらひしめき合っているというなんとも珍妙なものだった。しかし思いの外嫌な感じはせず、カーテンの隙間から射す日光が埃をキラキラ照らすのを見ながら爽快感すらあった。

 

伸びをすると柔らかなタオルケットが肌を撫でて、私は妙な清々しさの理由を悟る。クーラーを点けっぱなし寝てしまったのだ。いつもなら、節約と喉の為に就寝前に四時間後に切るタイマーをセットし、夜中には暑苦しさに目を覚ましてしまうのだが、今日は寝汗一つかいていなかった。私は後ろめたさを感じつつ、ひんやりと冷えたタオルの感触を堪能した。

 

幾度、寝て起きても終わらない夏休みは最高だ。それはまさに人生の夏休みで、一生を二十四時間にしたなら、十二時から十三時の昼休みだろう。贅沢に時間を使える喜びで口角を上げながらパジャマを脱いだ。

蒸し暑い廊下を通りリビングに入ると、再び冷気が私を包む。朝食はすでに並んでいた。きゅうりの浅漬けにかじりつきながら今日の夢について語ったが、家族は辟易とした表情で雑な相槌を打つばかりだ。

弟が食卓に漢字ドリルを広げだしたので「ここでやるな」と注意しようとしたが、魚の骨か「なにか」が喉につっかえ、言うのをやめた。

 

自室に戻ると学習机に置かれた日めくりカレンダーに印刷された犬のキャラクターと目が合う。8月31日の犬は浮き輪とスイカを抱え「やることは全部やったもんね〜」とぬかしていた。本日初めての汗がたらりと背中を流れる。スイカ割りや海水浴だけが夏にやるべきことではあるまい。犬と目をそらし続けるのも限界がきた。

夏休み終了タイマーはきちんとセットされていたようだ。

私は長くなるであろう夏の夜を脳の片隅に浮かべつつ、絵日記に一ページ目を開き、手始めにきゅうりを描いた。