イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

温度が下がる【短編】

肉付きの良い大きな体に左右から挟まれて動きを制限されたが、二の腕が伝わる湯たんぽのような熱は冬の寒さには有効活用できた。〇℃に近い冬の夜を貫くように走る黄色の電車の窓は換気のために少し開けられていて、ひゅう、と音を立て滑り込んだ細く冷たい風が疲弊したOLの額を撫でた。

依然と腕の動きを制限されている私は携帯を鞄にしまうことを諦め、再び意味もなく冷たい画面を触る。不意にパスワードを忘れログインできなくなった昔のSNSアカウントのことを思い出して、かつての半分以下の努力量で何回かパスワードを解こうと試みると、四回目の挑戦で錠前は壊れた。一文字目を大文字にするだけで良かったのか。

大学生の頃から社会人になって最初の二年目まで使っていたそのアカウントが、携帯の機種変を機に主人の前に錠を下ろしてから更に三年が経とうとしていた。

日めくりカレンダーの紙の束をわしづかみ一気に破り裂いたように、三年の月日を超えたそこには、年齢だけが増したかつての同学たちが当たり前のように生きていた。最新の投稿は、紺のドレスを着た女とスーツ姿の男がシャンパンを掲げた場面の写真だった。

変化が起こるわけでもない静止画をじっと眺めていると、「オンラインのなんて本当いつぶり?」と仲の良かった彩からアプリを通じてメッセージが届いた。瞬間、今すぐ返信をしたいような、永遠に無視したいような両極端の考えが介在した。気づくと両隣の乗客は既に電車を降りていて、両腕を自由になっていた。

前に使っていた携帯が水没で壊れたとき、友人の連絡先まで水に流れてしまい、私の対人関係はリセットされていた。

彩とは偶然にも家が近く、そうでなければ再会しようとは思わなかったかもしれない。都内のカフェを指定したのは彩だった。喜ぶかもと持って行った、二人で応援したアイドルの限定グッズは、その日鞄から出てくることはなかった。

彩はそこにいない恋人の話を続ける。私は妙に肌寒くて湯たんぽのことを考えていた。