イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

背筋【短編】

一人また一人とドミノのように倒れていく半身で視界が開けていった先に小さな背中をすんと伸ばした少女が見える。熱心に授業を受ける彼女を誰もが学生の規範と認め敬い、他方で一般的な学生よりもやや伸びすぎた背筋をどこかで笑っていた。

彼女は自身の模範的な授業態度に見合う学力を当然持っていた。優しく平和的な性格で、特別仲の良い友人はいないようだけど、放課後には同級生に勉強を教えるところを何回か見かけた。彼女の周りを人が囲む光景は珍しくなかったが、彼女と他人の間にはいつも教科書があった。

また一人崩れた。隣の席の男子学生が脱落した。彼の机にだらしなく置かれた腕の中には、主人に見られなくなってもピカピカ光るスマートフォンがあり、顔を覆い隠す教科書は今受けている授業と関係のない教科書だった。

黒板を見ようとする私の視線を強い引力で引き付ける小さな背中には髪の毛一本もかかっていない。耳当たりの長さまで綺麗に揃えられた毛先が彼女が板書する動きと合わせて首筋を隠したり、晒したりした。

 

規模は小さい噂だが、それは私の耳にも流れ着いた。彼女は貰い、同級生の課題を代行しているらしい。噂が広まると彼女は次第に学校に来なくなった。

英語の授業で強制的書かされた環境保護に関する英作文。全校生徒の中から選ばれた最優秀賞は小野くんで、優秀賞は私だとホームルームで発表があった。小野くんとは私の隣の席の男子学生で、その発表がされたとき彼はまた眠っていた。

今時、プリントを欠席者の家まで届けることは少ないけど、優等生の欠席が一週間続いたことを気にしてか、先生は彼女の住所を二つ返事で教えてくれた。二等賞に腹を立てた訳ではなく、誰のためにもならない偽善はやめろと伝えに行きたかった。

さびだらけの階段を上り、彼女と向き合うと、彼女は「君こそ」としゃがれた声で言った。

重い扉が金属がこすれる不快な音をたてて小さく曲がった背筋を隠していき、やがて消えた。