イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧

曲がり角【短編】

英単語を追うよりも、落ち葉がカラカラと地を駆ける乾いた音に意識が連れていかれていることに気づき、英単語帳を自分の傍らに閉じて置いた。 季節は神がスイッチ一つで管理しているのか、冷たい冬は突然始まった。お気に入りの秋服を満足に着る暇もなく秋が…

次こそ死神【短編】

六月上旬、その日は久々の晴天で、雨雲を押し退けた太陽がアジサイの上の水滴を宝石に変えるような気持ちの良い日だった。下校する中学生の声はいつにも増して興奮気味である。この町のK中学校で中間試験の結果が返されたのが学生の熱気の理由だった。試験か…

2021年

文字のないもの【短編】

家からその「日向公園」まで行くには徒歩三十分を要するのだけれど、それがまた日が陰り涼しくなった休日の夕方に丁度良い運動になっている。公園というが、広大な敷地に遊具は一つとなく、花畑と桜木が並ぶ野原、それらを繋ぐアスファルトの道があるばかり…

クリスマスプレゼント【短編】

私の家の隣には、「鈴木静香クラシックバレエ教室」という名のバレエ教室がある。道に面した側はガラス張りになっていて、仕事から帰ってくる時間帯には、柔軟に体を折り曲げる小学生か中学生あたりの少女たちの様子がよく見えた。 顔を赤くして震える少女の…

イケてる赤色【短編】

夏服から冬服の移行期間はどちらの制服を選んでも良かった。昨日まで冬服のブレザーの紺色と夏服の赤いベストがまだらに染めていた道が、今日は一気に紺色に染まった。友人同士で衣替えのタイミングを合わせた人が多かったのかもしれない。曇天の下の深海に…

残り者には福がある【短編】

ブレーキの不快な音はたてずにピンク色の通勤電車がやってきた。そこに乗り込む労働者たちは皆、黄や水色など色とりどりのスーツで身を包んでいる。窓から覗いて見える澄み渡った青空、数えきれないほどの花々にゴミも雑草もない整然とした道は、実際に広が…