イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

おはようみそ汁【短編】

空気清浄機とエアコンの無機質な作動音も寝静まった街のアパートの一室の中ではやけに大きく響く。寝室で眠る水本さんは、彼の特徴である地響きのような低い声からは想像のつかない小鳥のさえずりのような可愛らしい寝息を規則的にたてていた。家電までいび…

微笑み地蔵【短編】

夜九時を過ぎて駅前のスーパーの客足も遠のいてきた頃合いだ。駅から出てくるサラリーマンは皆一様に満月を見上げ、顔を綻ばせてから家路に着いたが、私は眼下に広がる幾多もの"たこ焼き"の見過ぎで、円形に辟易としてしまって、月など見る気が起きなかった…

宇宙船【短編】

息苦しく縛られたネクタイを、仕事の重荷と一緒に緩めると、人の息を含んだ生暖かい酸素が肺に滑り込んだ。鬱屈した空気が漂う街も、平日最終日となるとどこか陽気さと開放感を持っていて、店たちのギラギラとした照明もいつになく華やかだ。眩しい光から逃…

ことば【短編】

気づくと僕を取り囲む世界は目まぐるしく変わっていた。いつからこんなに変わったのか定かではないけれど、思い出せることは、僕はずっとオレンジ色の暖かい海に漂っていたということだ。そこは端のない広大な海だった。僕はそこで見えないものを見て、聞こ…

風船【短編】

七時を指す壁掛け時計とカーテンから透けて見える草やら気が目に入る時、いつもため息が出た。コピーしてペーストしたかのような、毎日変わらない朝と町。早くここから抜け出したいと思っているだけの私までも、コピーアンドペーストして今日に持ち越されて…

幸せな幸子【短編】

カーテンを開け放った窓からのぞく早朝の空には、居眠りをしている白い三日月が浮かんでいる。幸子は、傍らで彼女を見守る四人の家族の暖かい体温を感じながら、最後の青空を見つめていた。幸子が名前の通り、二人の孫と娘夫婦に囲まれ幸せな最期を迎えるこ…

タイマー残り一日【短編】

ボタン一つで素早く起動するパソコンの如く、私はやにわに目を覚ました。稀にアラームに頼らず自然に覚醒する朝があるのだが、そんな日は決まって夢を見ていた。今日の夢は、朝の満員電車の乗客が私を除いて全て「きゅうり」で、それがキィキィと不気味な摩…