イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

風船【短編】

 七時を指す壁掛け時計とカーテンから透けて見える草やら気が目に入る時、いつもため息が出た。コピーしてペーストしたかのような、毎日変わらない朝と町。早くここから抜け出したいと思っているだけの私までも、コピーアンドペーストして今日に持ち越されてきてしまった。全てが苛立たしく思えて、誰に向けるでもなく、私はまた深いため息をついた。

 我が家が朝に見るテレビは、東京でも放送される定番の番組ではなくて、ローカルな情報しか流れない地方番組だった。一度、番組を変えてみないかと提案したが、母は不思議そうに「東京の情報しか流れないじゃない」と言った。確かに、その類の番組で特集されるのは、渋谷に新しくオープンしたスイーツショップだとか、お台場で開催されるフェスだとかで、私たちの生活に関わりのない世界の話だった。だけど、母のその言葉で私はもっと惨めな気持ちになって、聞くんじゃなかったと後悔した。

 小学生の頃から今まで毎年貰ってきた皆勤賞の賞状が全て廊下の壁に並んでいる。そこを通りながら、私は今日も褒められているというよりかは、むしろ監視されている気分になって家を出た。

 むかつくほど大きくて広い青空の下で、この町の人々は悠然と暮らしているのに、私だけが不満げな顔をしていて、町から浮いているようだ。遥かに広がる空は、「開放」より「圧迫」と表現した方が正しい。それは、丁寧にペンキを塗りこんだ阿保のように大きい天井で、上から私を押し込めている。

私はこんな田舎で終わるような人じゃないと空を睨みつける私の後ろで、自意識だけがむくむくと膨れ上がっていた。

 通学路の真ん中で、鞄に入れた携帯が鳴るのを振動で感じた。そうしてペダルを回しながら、上体を屈めると同時に石に乗り上げてしまい、私はサドルからはじかれる様に横転した。しばらく呆然としていると、突然体がふわりと地面から浮いた。何事かと、上を見上げると「自意識」とかかれた巨大な風船。そのまま風船はぐんぐんと上昇し続ける。街を一望できるほど上空へ浮かぶと、そこから私は風船に身を任せ、この町の営みをゆっくりと眺めた。

思いの外、空はどこまでも高く広がっていた。