イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

ことば【短編】

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気づくと僕を取り囲む世界は目まぐるしく変わっていた。いつからこんなに変わったのか定かではないけれど、思い出せることは、僕はずっとオレンジ色の暖かい海に漂っていたということだ。そこは端のない広大な海だった。僕はそこで見えないものを見て、聞こえないことを聞いていた気がする。

ここはとにかく眩しいところだ。かつては、包み込むような柔らかな光しか知らなかったけれど、ここでは光の線が刺してくように鋭い。全く優しくない光だ。僕が思わず「怖い」と叫ぶと、僕の隣の生き物は笑みを浮かべ優しく何かを囁いた。言語が違うようだ。何をいっているのか分からない。試しに「なんと言ったの」と聞いてみても、そいつはニコニコと笑っているだけだった。


ところで、「形」を意識し始めたのもこの頃だ。ちょうど今僕を包んでいる、柔らかくてザラザラしているのは、水の違って僕の動きに合わせて「形」を変えているし、僕の頭上でシャラシャラと小気味の良い音を奏でる緑色も変な「形」を持っていた。

目や口はないけれど、動いているのなら生き物かもしれない。言葉が通じるかもという期待を持って「こんにちは」と挨拶をしたら、応じるように、大きな緑から小さな緑の「形」をはらはらと落としてきた。何か見覚えがあると思ったら、これは僕の手に似ている。僕にも変な「形」があったのか。


しばらく手を見ていると、横にいる生き物が、その手にさらに黒い生き物を乗せて僕に向けてきた。僕はこの黒いのが苦手だ。大きな一つの目でギョロリと僕を睨みつけると、時折「カシャリ」と訳のわからないことを言う。こいつも言語が違うようだ。

困ったことに、ここには僕の言葉が通じる奴がいない。僕はそろそろ新しい言語を身につける必要がありそうだ。仕方がないので、まずは横にいる生き物の言語から学ぶことにする。そいつがよく言うのがきっと挨拶にあたるはずだ。こんにちは。

「ママ!」