イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

幸せな幸子【短編】

カーテンを開け放った窓からのぞく早朝の空には、居眠りをしている白い三日月が浮かんでいる。幸子は、傍らで彼女を見守る四人の家族の暖かい体温を感じながら、最後の青空を見つめていた。幸子が名前の通り、二人の孫と娘夫婦に囲まれ幸せな最期を迎えることができるのは、幸子の少し不思議な両親のおかげとも言えよう。

幸子の父は幼いころからの人嫌いだった。一人っ子故に、一人遊びが上手で友達を作ろうとしなかったところから始まり、中学生に上がっても尚、人との付き合い、会話までも避けた。父が言うには、彼は人の根底にある善悪の種が見え、悪を隠し持つ輩に近づこうものなら、とことん付け込まれてしまう、ところでこの世に善人などそういない、らしいのだ。

そう言うのは無理もない。思春期の子供は互いの視線に敏感に反応して、文字のない空気を読む。そして器用に態度を変化させるから、簡単に味方が敵になることがあるのだ。特に父は、女が彼を見るときの、幾つもの意味を含んだ微笑が耐えられなかった。

父の人嫌いは、本当の笑みで彼を見つめる者を求めた末のものだった。

一方幸子の母は笑ってしまうほど父と真反対であった。彼女は人の良いところしか目に入らないという。幸せに聞こえるかもしれないが、確かにあるはずの人間の汚い部分が見えてこないのだ。誰にとっても都合の良い盲目ではないか。その彼女の致命的な短所さえも、やはり当の彼女には気づけず、楽観的な目を携えて魅力的な人を片っ端からアタックして数々の恋を経験した。

やがて二人が出会ったとき、母の目には父の人嫌いは映らなかったが、とてつもなく大きい善の種が見えた。父は生まれて初めて飾り気のない笑顔で見つめられた。嘘のように二人の頭に電流が流れ、幸子は誕生したのだ。

 

こうして短所と長所がしっかりと見える審美眼を持った幸子は、本当に素敵な人だけを選んで幸せな人生を歩んだ。白い三日月は幸子を連れてゆっくりと今消えようとしている。