イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

2021-12-01から1ヶ月間の記事一覧

ある雨の日【短編】

頭の奥の方から目玉焼きが焼けるような音が聞こえて心が躍る気持ちで目を覚ましたが、それは雨の音だった。そもそも私が一人で暮らすこのアパートで誰かが目玉焼きを焼いているとしたら、心躍る以前に警戒心を持つべきだろうと徐々に冴えてくる頭で自分に言…

温度が下がる【短編】

肉付きの良い大きな体に左右から挟まれて動きを制限されたが、二の腕が伝わる湯たんぽのような熱は冬の寒さには有効活用できた。〇℃に近い冬の夜を貫くように走る黄色の電車の窓は換気のために少し開けられていて、ひゅう、と音を立て滑り込んだ細く冷たい風…

アイウォントチキン【短編】

目をつむれば、小人になった私が、ヒヨコが歩き回る箱に放り込まれているファンタジーな絵が想像できた。目を開くと、大きなホースみたいな階段口から水の如く溢れ出る、人、人、人。 彼らがピヨピヨと鳴くカードをかざしながら改札を通り抜けると、皆がのっ…

背筋【短編】

一人また一人とドミノのように倒れていく半身で視界が開けていった先に小さな背中をすんと伸ばした少女が見える。熱心に授業を受ける彼女を誰もが学生の規範と認め敬い、他方で一般的な学生よりもやや伸びすぎた背筋をどこかで笑っていた。 彼女は自身の模範…

利己的久しぶり【短編】

もう少しメニューを吟味したかったが、俺の後ろに列が出来始めたので勢いでA定食を選んでしまった。食券を受け取った食堂のおばちゃんは慣れた動きで素早く米を盛り、みそ汁を注ぐ。その身のこなしに感心しながら茶碗をお盆に乗せようと手を伸ばすと、手のひ…