イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

上映時間十二分【短編】

f:id:IN-YOUNG-DONUT:20210918222204j:plainいつしか一日というものが、私の手に負えないほど、果てしなく長いと感じるようになった。

七十八年という歳月は神羅万象、つまるところ、あらゆる愛、悲しみ、朝露のきらめき、星の瞬き、その他諸々を知るのに充分な長さだったと思える。そう孫にぼやくと、「おじいちゃん、これ知らないでしょう」と楽し気に、画面のついた銀色の板を私の面前にかざした。そこに映るのは目が気味悪いほど大きくて、何かの動物の耳を生やした冴えない老人だった。

全てを知ったつもりでいて、新しい何かが生まれたことに対しては素知らぬ顔でいる。だってまた何かを知ろうとするには残された時間が短いのだから。

 

同じように時間を弄ばせた老人はごまんといた。そんな時計の針の音に追われた老人達が集まる場所は鈴木公民館二階、会議室Bである。そこで私達はお菓子を持ち寄り、毎日同じ議題を掲げ議論をし、囲碁や将棋に興じるのだ。ちなみにお菓子はせんべいよりもカステラのようなものが好まれた。

隣町にある公民館は、歩いていくには少し遠い。だから私は電車でそこまで行く。孫が足を震わせる私を見て免許返納を催促したためだ。返納した日には少なからず落ち込んだが、致し方ないことだと、久しぶりに駅で切符を購入した。自宅の最寄駅から公民館の最寄りまでは二駅で十二分ほどかかる。私が乗車するのは大抵午後二時くらいで都内といえど、車内は閑散としていて必ず座席を確保することができた。

えんじ色のせいか不思議と座席は、私に映画館を思い出させるのである。目の前の窓枠をスクリーンに見立ててじっくり眺めるのが好きだった。窓から見える疾走するビル群はアクション映画のようでもあったし、時折、大口を開けいびきをかくサラリーマンが窓にもたれかかっていたり、学校をサボり抜け出してきた高校生が文庫本を読み耽ていたりするのを見るのは会議室のおしゃべりよりずっと面白かった。

ガクンと車体が揺れる。気づくと、降りるはずだった駅は過ぎていた。