妖光【短編】
東山の長い黒髪は、まるで一枚の布のようだ。背中に垂れ下がった布は、黒板とノートを往復する彼女の視線に合わせて、陽光を受け青く光りながら揺れている。幾度、上下に彼女の背中を撫でても、毛先は水平を保ち続けていた。それはやはりラメを含んだ布のようで、「現実離れしてる」と鈴木は自分の茶色のくせ毛をいじりながら呟いた。
その実、東山はクラスでは冴えない少女の一人にすぎなかった。勉学も運動もとりわけ秀でたところはなく、「淡々」「単調」そんな言葉で飾られた学校生活を送っていた。人当たりが悪いわけではなく誰にでも穏やかに対応したが、特定の付き合いは持たず、一人で行動していた。
元気で天真爛漫な鈴木は、友達も多く、東山を意識したことはなかった。が、席替えで前後になり、後方から何とはなしに眺めていた末、不思議な東山の能力の香りを感じた。
それは、「東山という人間は未来が見える予知能力者なのでは」という仮説だった。
三限の家庭科の授業でのことだった。空腹のピークが十一時にやってくる鈴木は、例の如く、腹と背中が引き寄せられる苦痛に耐えきれず、机に突っ伏していた。やり過ごすようにもぞもぞ動くと、腕に押し出された教科書が机から落下した、と思って落下音を覚悟するとそれは東山の手に落ちた。それを机に戻すと突然「携帯、音大丈夫?」と聞いた。呆然とした鈴木は言われるままに、マナーモードに切り替えると五秒後に彼氏から電話がきた。
「反射神経が良いだけだろ、勘が鋭いとか」
と、電話口から苦笑が聞こえるが鈴木の熱弁は止まらない。
「考えて見れば、東山がいつも疲れた顔してんのも二度何かを経験してるからじゃん?」
興奮の中で、鈴木は一時的な話題として東山を楽しんでいる自分を理解していた。
教室に戻ると、東山の黒髪はまた青光りしているのが見えた。俄雨の音が猛々しく響き、振り返るとカーテンは閉め切られていた。