イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

図書室で会いましょう【短編】

朝、教室に入ると数人の女の子達が私の机を囲み楽しそうに背中を揺らして談笑しているのが見える。周囲から隔てたように隠された机の上にあるのは一冊の中高生向けファッション雑誌だ。持ち込み禁止のそれに載った流行している服やメイクについて話し合うのが私たちのささやかな日課なのだ。美香が「そう言えば」と妙にもったいぶって制服のポケットから取り出したリップグロスは、表紙のモデルが薄い唇に塗りつけたそれと同じものだった。クラッカーのようにパンとはじける羨望の悲鳴。ドミノのように隣に倣って体を後ろへのけぞらせた私の瞳は、気だるそうに机に突っ伏した一人の少女を捉えていた。

その少女の顔と名前が一致したのは先週木曜日の放課後、図書室でのことだ。知り合いではないだろうと油断してカウンターの向こうで船を漕ぐ図書委員を起こすように、返却する本をどさどさと置いた後にふと目線を横切った名札。図書委員が首から下げた名札は、その少女の名前と私と同じクラスの同級生であることを伝えていた。脇から冷汗の玉がタラタラと滑り落ちる。こうして一人で本を読む姿なんて見られたくなかったのに。続きの五巻と最終巻が借りたかったのに。私は後悔と苛立ちが介在した心を平常心のベールで包み隠して、悪者はいない静かな空間に向けて必死に背中で悪態をつき、逃げるように図書室を後にした。

それ以来常につまらなそうな目をした図書委員の少女が私の放課後の日課を誰かに言っていないかが気がかりでしょうがない。そればかりか、また不意の遭遇をしてしまったらと考えると図書室へ向かう足が重くなり、五巻と最終巻の展開は未だ分からずしまいなのだ。始業のチャイムが鳴る。やっと体を起こした少女の顔の下から出てきたのは…それは私が今や恋焦がれるほど読むのを待ちわびている例のシリーズ小説五巻だった。

「コップに並々と注がれた麦茶をごくごく飲みほしたら落ちてしまうようなリップグロスには本当は興味がないのです。君がそのつもりなら図書室で会いましょう。」

私は宇宙人を呼び出す謎の呪文を唱えるように、心で三度ほどそう繰り返した。