居場所を持たぬ者たち【短編】
7月に採用されたたい焼き屋のアルバイトの研修期間がついに終了した。
これからは時給が百円高くなるので、一ヶ月に食す豆腐をプリンに変更する余裕ができたことはもちろん俺を喜ばせたが、何よりも六つ下の大学生に業務を教わる情けなさをもう味わわなくても良いという事実が一か月ぶりの精神の安定をもたらした。
ぶら下がれるような夏の星座は見当たらないが、俺の腕には一本の缶ビールといくつかの惣菜がぶら下がっている。全ての惣菜のタッパーにはもれなく星の色をした値引きシールが輝いていた。
鼻にかかった声をした女性シンガーがしきりに花火と歌うから、線香花火を手に取ったがプリンが豆腐になると思って買わなかった。26度目の夏だ。
自分へのご褒美のハードルはすっかり低くなった。6時間鉄板に記事を落とし続け満足気に帰宅する26の姿は我ながら良い酒のつまみだ。
無音が退屈でテレビをつけると、いかにも犯人らしい装いをした男が、犯人らしい笑みを浮かべ、もう一人の男を石で後ろから殴りつけた。画面の左上から右下へ倒れていく男に見覚えがあってズキリと頭痛がした。
短大の演劇科で俺と石田は出会った。二人とも青臭く夢というものを追いかけたが、先に青臭さに鼻を摘まんだのは俺だった。親との関係が思わしくなかった俺は、夢より金が命を繋ぐと悟り就職活動を始めた。
俺がスーパーに内定を貰った時、石田は劇団で稽古を積んでいた。
「お前は一生旅人みたいにふらふら過ごして夢も居場所もなくすんだろうな」
卒業式の日に、石田の背中にそう吐き出したがアイツは振り向かなかった。
結局俺は修飾したスーパーは半年足らずで退職し、そのあとも職を転々とした。
机に置かれたビールを飲もうとしたが、体が鉛の風呂に浸かったように重くて動かない。
銀色の袋が開き、中から白い顔した死体の石田が出てきた。美人監察医が死体をよそに芝居を繰り広げる中、石田はじっと動かない。
「ずっとそこにいるんだな」
俺は白い顔に向けてそう呟いた。