Hello Future【短編】
やあ、聞こえるかい?
僕と君が出会う、遥か遠い未来からこの思いを届けるよ。聞こえたら返事して。
朝の通学電車で、私たちはいつものように一つの生き物になる。私たちといっても、互いの名前も顔さえも知らないし、知る術も知らない。
ただ、互いの行き先をなくした体温を熱平衡させる。身をぴったりと寄せ合い、呼吸のリズムを合わせる。
吸う、吐く、吸う、吐く…。
私の息を、彼が吸い、彼の息は、彼女が吸う。
呼吸の循環で一つの生き物は完全になっていく。
車内の景色はモノクロだ。窓から見える桜の花びらもも雑草も、端の見つけられない空も、2Bの鉛筆で描かれた風景のスケッチだ。コマ送りのように流れて、消しゴムか手の甲でこすった様に滲んで消えていく。
車輪とレールの軋れる音に空が戦いたのと、車窓から見える画用紙の景色の一点に、鮮やかな黄色の絵の具を垂らしたようなものを見つけたのは同時だった。 慣性の法則というものだ。一つの生き物は進行方向への勢いを止めることができず前へ前へと押し流されていく。
私は、突然現れた絵の具の正体を掴むために、のしかかる重さに抗い視線を後ろに向けたが、またスケッチのような景色がそこにあるだけだった。
首を後ろへ曲げたせいで、イヤフォンが耳から抜けてしまったことに気づいた。
塞いでいた虚無感が容赦なく耳へ流れ込み耐えられなくなる。
一つ生き物の呼吸も、温度も感じられなくなり、私は一瞬で一人になる。
白い線を手繰ろうとしても、のしかかる重さに圧されてなす術がない。
夜の闇に落とされたように周りは、暗くぼやけ何も捉えることができなかった。
明度を落としていく視界の隅に、ふと眩しい光が見えた。
ピンク、黄、橙、紫。ポタポタと絵の具が垂らされる。先の刹那に見えたものと同じだとすぐに分かった。
その輪郭は徐々に鮮明に、色彩は煌びやかになっていく。やがて現れたのは、数えきれないほどの花だった。
触れようと伸ばした手の指先から、はらはらと花びらが零れ落ちる。
鼓動が打つ速度は一層速くなり、思わずぎゅっと胸元を抑える。が、不思議とその息苦しささえも心地よかった。
頬を撫でる熱い光はきっと涙なんだろう。
体の中心から溢れ出た恋しさが全身に染み渡り、頭を揺らす。
「会いたい」という言葉が口をついて出たが、一体誰を求めているのかが分からなかった。
絶え間なく降り注ぐ星々はシャワーのようだ。
あの一際鮮やかな光りの渦の中にきっといるはず。
何も心配しないで、必ずうまくいくよ。
頭に響く懐かしい声に笑みが零れ、どこからともなく吹き下ろした花びらが唇や瞼を撫でた。私はこの声をずっと前から知っている。
足が縺れても夢中で走る。…さあ、もうすぐそこだ。
「待っていたよ、ようこそ」