イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

妹にクッキーを、【短編】


まず、朝の5時から私を襲ったいくつかの感情に順序をつけて1つずつ解決していく必要があった。

怒りと疑い、そしてまた、焦りと悲しみは両立できるはずがないのだから。


冷蔵庫からの冷気は2月の朝の部屋にじんわりと滲んで、そこには境界がなくなっていた。

私が立つこちらが冷蔵庫の中で、私はじっと冷やされる食品の1つなのか。


混乱で立ち尽くした私を冷蔵庫の「開けっ放し警音」が現実へ戻した。



バレンタインデイにクッキーと共に小寺くんに告白をする。齢14にして人生最大の決心であった。

クッキー作りはもう告白と言ってよかった。

ボウルと化した小寺くんの心は「好き」を伝えるように砂糖を振りかけ、卵を落とす。

0グラムだったそれは、徐々に重さを増し、私の中に積もった「好き」が可視化されたみたいだった。

明日の朝には手紙も入れてラッピングするんだ。そう意気込んで冷蔵庫へそっと置いたハートのクッキーは、翌朝、1つ残らずなくなっていた。



「私は食べてない」

妹は珍しく、時間割とランドセルの中身を見比べながら持ち物確認をし、一切私と目を合わせようとしなかった。

一冊ずつ教科書を取り出し、またそれを入れ直す。煮え切らない態度に思わず拳を握った。


妹に駆け寄った拍子にランドセルを倒してしまった。階段のように雪崩れた教科書の間から小さく折り畳まれたラッピング袋が顔を出す。


妹は一目散に顔を上げやっと目を合わせたかと思うと、

「食べてない!」

と叫びながら家を飛び出した。ランドセルを置いたまま。



凍えた街がピンクと甘さで満たされる季節になると毎年、クッキーと妹を思い出す。

小寺くんの顔なんて忘れてしまったのに置いてかれたランドセルの悲しい顔が未だに目に浮かぶ。


結局妹は、「お姉ちゃんを小寺くんに取られるのが嫌だった」とその日のうちに白状しておきながら、その後私より先に結婚していったのだから憎いヤツだ。そして愛しいヤツ。



贈り物用のクッキーでも買って帰ろうなどと考えながら帰路に着いた。