姉の餃子【短編】
朝の灰色と打って変わり、午後6時を回った駅のあたりはほんのりとオレンジに染まっていた。
電源が切られた電子ピアノの鍵盤を叩いた時のように素っ気なく空虚な音だった今朝の足音も、今では愉快な曲に混じるリズミカルな打楽器のように弾んでいる。
ピンクとオレンジと紫が混ざった夕焼けは、私に部屋に転がったあのパレットを想像させた。
ふと、前を歩く女性が目に移る。
服についた絵の具の汚れと手にぶら下げられたビニール袋。透けて見える餃子の材料ですぐに分かった。姉だ。
姉は、不安や悲しみが彼女の心の容量を超えた時に決まって餃子を作った。
餃子の買い出しは普段家からほとんど出ない姉の唯一の外出だった。
姉は本当に丁寧に野菜をみじん切りしていく。細やかな上下運動と乱れない軽やかなリズム。威圧感すら感じられた大きなキャベツはみるみる小さくなっていく。
姉の瞳が映しているのはキャベツではなく、彼女の心のうちにある不安だった。
その大きな焦燥感を消し去ろうと必死で腕を動かしているのだ。
小さな台所に立つ頼りないその背中を私はずっと見つめていた。
去年3月、3度目の芸大不合格は姉を破壊した。
6本目の指だった筆を握らなくなり、ただ膝を抱えていた。
幼い頃、姉は私が望むものすべてを紙の上で創り上げた。
「器用な子だね」
期待を一身に受けた姉は、その言葉に縛られ将来を決められた。まるで器用さが姉の持つ唯一の存在理由かのように。
姉の包む餃子は美しい。皮が等間隔で折られていてタネの量もちょうど良い。
もし「餃子の教科書」があったのなら、姉の餃子が表紙を飾るはずだ。
「餃子の教科書」がどういうものなのかもちろん分からないが。
それに比べて、私のは半円の弧と弧がすれ違い、具が多すぎるせいで窮屈そうに折り込まれ、その上間隔はバラバラだ。
姉の憂鬱が詰め込まれるた餃子が怪物の口のようにゆっくりと開こうとしたので慌ててつまんだ。
焼きあがった餃子は黄金に輝いていた。
全てを腹に納めたら姉の悲しみを消せるのか。そうなればいいと願い餃子を口に放り込んだ。