イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

それを知る前の自分にはもう戻れない【短編】


汗にまみれ、吸っているのか吐いているのか分からなくなるほど呼吸のリズムを乱した私を前に、それは呆気なく閉じた。

加速度を上げて動き出した電車は大げさに風を起こして、私の鎖骨に溜まった汗を嫌みたらしく冷やしながら去っていった。

登校時刻の1時間前にも関わらず決定してしまった遅刻。

明朝体をした「遅刻」の文字ブロックがどしどしと振り落ちてきたかと思えば、鋭利な角で私を突き、「しっかりしろ」と戒めてきた。


7時30分発では間に合わない。

7時21分発でなければ、私は8時30分までに2年3組の教室に足を踏み入れることができないのだ。

たった9分の差だと思う人もいるかもしれない。しかし二度寝の10分間が至福のひとときに感じられるように、朝の1分の重みは昼や夜と訳が違う。

実を言うと7時21分発でもかなりギリギリの方なのだ。

その9分間の遅れは後の乗り換えのリズムを乱し、開かずの信号機で私を隔離する。

21分発と30分発は、遅刻か否かを分ける分岐点だった。


私の怒りの矛先はこの不条理ではなく、学校から3駅の近所に住むあいちゃんでもなかった。家を出る直前になって、「今日はポニーテイルにしよう」と思いついてしまった自分へ向かっていた。

あの行動さえなければ、今こうして9分間の空白の時間を過ごすことにはならなかった。


永遠にも感じた9分間は過ぎ、30分発はやってきた。

私はまだ諦めていなかった。

できる限りの最速乗り換えをイメージトレーニングして、乗り換えホームへの階段に一番近い8号車に乗り込んだ。

もちろん出口付近を確保して。

気持ちはこんなにも急いでいるのに車内では身動き一つできず、ただ汗がにじむばかりだった。


次の電車は8時10分発だ。これを逃したらいよいよ遅刻は現実となる。

ポニーテイルはプロペラとなり私を加速させた。

1人、また1人とサラリーマンを追い抜いていく。




私は8時30分のチャイムと同時に教室の席に着いた。

母のへそくりを見つけたような感情



「30分発でも間に合っちゃうんだ」



知るべきではなかったのだろう。

一方ではそう理解しながらも、私は6時30分に設定したアラームを6時40分へと変更していた。