イブキの短編小説

1000字短編集・素朴な暮らしの欠片を拾う

理想の年明け【短編】

湿った土を踏む足音が連なって聞こえている。深い夜か浅い朝と呼ぶべきか、午前四時頃に黙々と山を登る一行の足音だ。十数人が列を組み、うねうねと山道をなぞる様子はきっと一匹の大蛇にも見えよう。どこを見ても色彩の乏しい景色は変わらないので私はただ下を向き、一方の足がもう一方の足を追い越すのをひたすらに見続けた。

「絶景初日の出を拝む登山ツアー」という文言に赤く煌めく朝日の写真が添えられた広告を見たとき、十代最後の記念すべき初日の出はここで見るしかないと確信した。偶然に夏美も同じ広告を見つけていて、そうと分かると話し合いもなしに二人ですぐに申し込みボタンをクリックした。

それから今日まで二人の関心は新しい登山ウェアだとか、美しい朝日を収めるためのカメラだとかにしか向いていなかったわけだが、その商品ページは一旦閉じて「登山」それ自体を調べる必要があっただろうと、寒さと眠気で朧気になる頭の隅で強い後悔が渦巻いていた。

どんな虫が眠っているか知れないねちねちとした土の感触に眉根を微かに寄せながら、かつての大晦日に思いを馳せた。こたつに肩まで潜り込んで、テレビの音と家族の会話に意識をいったりきたりさせながら、指先をミカンで染める夜。今となっては朝日よりミカンの橙色の輝きを求めてしまっている。

隣にいる表情がない夏美も同じことを考えているはずだ。しかし決して言葉にしてはいけないと互いに分かっていた。太陽の機嫌を損ねてしまっては叶わない。

それから何千歩あとのことか、ついにその時がきた。朝日が見えるより先に灰色の空が徐々に色づいていく。そして遮るものもなく真正面に鋭い光線を放つ朝日が現れた。感動的だ。この世界を初めて見た赤ちゃんもこんな気持ちを抱いたのだろうか。

久しぶりに夏美と向き合った。夏美は興奮した様子で朝日を指さすと「ミカン!」と叫んだ。やっぱり求める場所はこたつか。